こども向けにボドゲをつくる〜「こども向け」ってなんだっけ?

child

こども向けにボドゲをつくりたいと、いつも思っている。でも、つくれたことは一度もない。つくれないので、せめてつくれない様子を覚えておきたい。
そんなわけで、今回は自分の備忘録。

こども向けに映像をつくる

こども向けにボドゲをつくれないのは、自分としては主に「なにがどうなったらこども向けなのかがよくわからない」からだと思っている。私は以前映像制作の仕事でこども向けの教育映像をつくっていたことがあるのだけど、そのときは仕事仲間たちと日々議論をしながら「こども向け」のことを考えていた。

こどもの発達に合わせてつくる

そのときに一つのガイドになっていたのが発達心理学という学問だった。この映像の納品先であるお客さんが教育事業や教材出版を主に扱う会社で、そこで監修者というような役割で発達心理学者の先生にアドバイスを頼んでいたのだった。
もちろん専門的なことは理解しきれなかったけど、このときの先生のアドバイスは主に「こどもは成長するに従って複雑なことを理解できるようになる」ということと「そのため、成長初期のこどもにはなるべくシンプルに情報を与える必要がある」ということの二つだった。で、このアドバイスに沿って映像をつくるとなると、「できるだけシンプルな映像をつくろう」と、いうことになる。このときの「シンプル」というのは、たとえば青と赤という「色」の区別を教える教育映像であれば、究極的には「真っ白な背景の中に青いカードと赤いカードだけが浮かんでいる映像」というようなことだったりする。そのことを通してこどもに青と赤という色に関する「理解」を促すという考え方。これが、「こども向けの映像」についての基準の一つになっていた。

こどもを熱中させる

もう一つの観点になっていたのが、「飽きない映像をつくる」ということだった。このためにはもちろんいろいろな考え方や方法があるのだけど、一例を挙げるとそれは「画面を埋めてにぎやかな映像をつくる」ということだったりする。人が映っている映像を撮るとしたら、人のまわりに空白ができないように観葉植物を置いたり背景が雲の浮かぶ空になるようにカメラアングルを調節したりといったことをやっていた。これは監修者やお客さんの側からのリクエストではなく、映像制作者側として「こうしたほうが子どもを熱中させられるんじゃないでしょうか?」ということを提案していたわけ。

それで、こども向けに映像をつくる

ちょっと考えるとすぐに気がつくけど、ここに出てくる「シンプル」と「にぎやか」は矛盾する。一方は「画面内の要素を減らす」ことに腐心するし、もう一方は「画面内に多くの要素を持ち込もう」とするわけだから。このときは、「教育」についてはお客さんや監修者の方がプロだったし、「映像」に関しては私たちの方がプロだった。だから、一概にどっちが正しいとは言えないし、実際に制作現場ではお互いの意見を戦わせながら中間点を探ったり、ときにはその議論から教育的にも映像的にもいままで思いもよらなかった新しいアイデアを思いつくこともあった。
つまり、このときの「こども向け」がどういうものだったかは一言では言えなくて、立場が違うそれぞれの意見の混ざり合う中にふわふわと漂うようにしている「こども向け」をみんなでつかまえようと努力していたのだと思う。

まとめ

結局、「こども向け」とはなんなのかはよく分からない。ボドゲをつくっていても分からないし、その前に映像をつくっていても分からなかった。ただ、映像の場合は分からないけど分からないなりにつくってはいた。つくる度に、分からないなりに近づいてはいたのかもしれない。と、いうことは、ボドゲの場合も分からないなりに作ってみればすこしづつ見えてくるものはあるのだろうか。
引き続き考えて…じゃなかった。引き続きつくってみることにする。

 

Photo on Visualhunt.com

コメントを残す